◆ 詩吟の成り立ち
漢詩や和歌・俳句などの詩文の朗読に特有の節を付けて吟ずるのが詩吟です。
江戸時代
直接の起源は、江戸時代後期に私塾や藩校で漢詩を素読(すどく)する際に独特の節を付け、門人により日本各地に広められたこととされています。
「漢文」は江戸時代の武士にとっては一般教養でした。
素読というのは内容理解を後回しにして、漢文などの古典を何度も繰り返し音読すること。まずは暗記させるという江戸時代の学習法です。
江戸時代の最大級の私塾、日田の咸宜園(かんぎえん)、幕府直轄の昌平坂学問所(しょうへいざかがくもんじょ)は日本全国のエリートが集まる教育機関で、門人の数も飛び抜けて多く、そこで行われていた素読(漢文音読)の節回しを門人が自分の地元に口伝として伝えて広まっていったということなのでしょう。
幕末の志士たちは、世の中を憂い、士気高揚を示すために悲憤慷慨の漢詩を自ら作り吟じるようになりました。
吉田松陰の辞世の句や高杉晋作の漢詩は今も演じられています。
明治時代
明治天皇が詩吟を好んだことから詩吟が流行。薩摩琵琶に合わせて吟じられたり、詩吟に合わせて剣舞も演じられるようになりました。
吟剣詩舞は古武道の形を取り込んだ舞を、漢詩などの吟詠に合わせて披露する舞台芸術です。
武器として刀を使用することを禁じられた旧武士達が嗜みとしての剣術や居合道、そして吟詠に合わせて刀を手に舞うという、武士階級の文化から生まれた融合芸術と言ってもいいでしょう。
大正から明治初期
木村岳風・山田積善・立川銀涯・初代藤井宗斎といった吟詠家が活動し、現在の諸流派の祖となりました。
◆ 音楽と声
平安の朗詠文化
奈良時代の漢字伝来とともに、平安時代の初期から日本でも漢詩や和歌に節を付けて朗詠するようになったと言われています。
朗詠は漢詩や和歌の名句を吟唱するもので、今日の詩吟とよく似たものであったと考えられています。
詩吟の遠い遠いご先祖様のようなものでしょうか。
11世紀前半に藤原公任によって、朗詠のために漢詩・和歌を集成した『和漢朗詠集』が作られました。当時実際に朗詠されたものを集めて選んだということから、貴族の文化としてすでに浸透していたのでしょう。
※当時は「詠ず」などという言葉で記録されています。
貴族の朗詠は公的行事・日常の場面を問わず、盛んに行われ、室町の戦乱の世や江戸時代には激減したものの、現在、宮内庁式部職楽部は、十五曲を伝承しています。
朗詠文化は貴族だけでなく僧侶(とくに声明の僧)の間に伝承され「仏教歌謡」に深い影響を与えました。現代のお坊さんの読むお教の節回しは、朗詠文化が仏教界で独自発展を遂げたものとされます。
漢詩や和歌を声に出して楽しむ
漢詩や名句を音読するトーン、テンポ、リズム、呼吸や姿勢や感情など、どう読んだらその文章が生きて、その内容がしっくり納得できるか、それらを統合して極められた到達点の一つが詩吟であると言えます。
詩の内容を理解し、声だけで作者の心情や情景を表現し、言葉に生命を吹き込んでいきます。
詩吟でよく吟じられるのはやはり漢詩。中国の唐の時代の詩人、李白や白楽天とかですね。日本のものでは「鞭声粛粛(べんせいしゅくしゅく)夜河を過(わた)る」のフレーズで有名な川中島や、西郷隆盛、夏目漱石が作った漢詩を吟じたりします。
詩吟には西洋音楽のような楽譜はなく、吟符という記号を使った教本があります。
また楽器は大会では琴や尺八といった本格的な和楽器が伴奏に入りますが、練習のときに活躍するのは詩吟コンダクター。詩吟の音階に合わせたピアニカのような楽器です。最近はスマホの無料アプリが出ているため、詩吟の音階を知りたい方は手軽に試すことも可能です。


発声法
詩吟は、ゆっくり発声しながら長く持続できるようにしなければなりません。
そのため、発声方法が非常に大切で、主に腹式呼吸を用います。腹式呼吸は下腹部を膨らませたり凹ませたりして横隔膜を上下に動かします。
特に丹田(へその下約9cmのところ)に力を入れて呼吸を操る「丹田腹式呼吸」を行うことで、腹圧のかけ方で吐く息を強くも弱くも出せるようになります。
これに声を合わせて力強い発声で言葉を放つのです。
腹筋を使う上に腹式呼吸を行うので、健康にも良いとされています。
舞台衣装について
年に四回ある錬成会では男性も女性もスーツというか、ちゃんとした服装であれば大丈夫です。
大会の舞台では女性は和服か、白いブラウスに黒のスカートというスタイルが多いですね。
男性は紋付きの羽織袴かスーツですね。紋付袴は会で決まったものがありますが、初心者のうちはスーツでよいでしょう。
舞台の様子は以下のページのご覧ください。
